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東京都台東区の歴史
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所在地 台東区上野1-1-10 (三洋電機東京ビル)

  日本最初の喫茶店『可否茶館(かひさかん)』跡地

 明治21年(1888)4月13日、日本人による初めての喫茶店が、鄭永慶(ていえいけい)(別名・西村鶴吉)によりこの地に設立された。 200坪の敷地に五間と八間の2階建ての木造洋館であった。
 1階には『トランプ、玉突き、クリケット、碁、将棋』を揃え、また硯に便箋や封筒もおき、更衣室、化粧室、シャワー室、調理場などの設備の他に、『内外の新聞、雑誌類、その他和漢洋書、書画を蒐集縦覧に供す』部屋を設け、2階が喫茶室で、丸テーブル、角テーブルを配置、椅子は藤であった。
 コーヒーは一杯1銭5厘、牛乳入りが2銭であり、一品料理、パン、カステラなども出していた。ちなみに当時、「もりそば」は8厘であった。


「可否茶館(かひさかん)」の創始者・鄭永慶(ていえいけい)

 設立者の鄭永慶(ていえいけい)は、近松門左衛門作の「国性爺合戦」で有名な鄭成功(ていせいこう)の弟、七左衛門を先祖にもち、庶民のためのサロンとして、また知識も学べる広場(コーヒーハウス)とすることを理念としての開店であった。


 当時読売新聞などに掲載された「可否茶館(かひさかん)」の開業案内広告

 「可否茶館(かひさかん)」の読み方は、ほかに「かひちゃかん」「かひーさかん」「かひーちゃかん」「こーひーちゃかん」などがある。

          可否茶館 記念会
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