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東京都台東区の歴史
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所在地 台東区西浅草1-6-7 (宗恩寺)

 小田得能(おだとくのう)は、明治時代の真宗大谷派の僧侶。わが国初の仏教の辞典『仏教大辞典』を著した人物として殊に著名である。
 万延元年(1860)、福井県坂井郡波寄村(現、福井市)の翫香寺住職である生田氏の三男として生まれる。郷里で教員をつとめたのち、真宗大谷派の高倉学寮で仏教学を修め、明治23年(1890)、島地黙雷とともにインド・中国・日本の仏教史を述解した『三国仏教略史』を編纂し、翌年、宗恩寺第24世住職となり、小田姓を名乗った。また、明治33年(1900)には、岡倉天心とともに、インド・中国の仏跡を訪ねまわり、その見識を更に高めた。
 『仏教大辞典』の執筆は、明治32年(1899)から得能が亡くなるまで、宗恩寺の土蔵の中でただ一人の力で続けられた。生存中には刊行されることはなかったが、大正6年(1917)、彼の原稿を元に、上田万年・芳賀矢一・南条文雄・高楠順次郎によって刊行され、後学に大きく貢献した。
 彼の遺骸は、当寺境内の歴代住職墓に合葬された。平成6年(1994)10月には、得能の筆「念仏成仏」の四文字を模刻した頌徳碑を建立した。
 平成7年(1995)3月   台東区教育委員会

                TOMB OF ODA TOKUNO
 Oda Tokuno was a monk in the Meiji Era. After studying Buddhism,hi edited "Sangoku Bukkyo Ryakushi",which contains brief histories of Buddhism in India,China,and Japan. Later,he became the chief priest of the So-onji temple priesrhood. He compiled "Bukkyo Daijiten"(Great glossary of Buddhism) in the storehouse of the temple from 1899 to 1911 when he died. The glossary was published in 1917 based on his draft. He was buried in the tomb of the priests of this temple.
 The monument bearing the carving "NENBUTSU JOBUTSU"which means attaining Buddhahood while chanting a prayer,was erected in 1994 by the then chief priest and supporters of the temple.
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