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東京都台東区の歴史
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所在地 台東区下谷2-13-14 (小野照崎神社)

 この塚は模造の富士山で、文政11年(1828)の築造と考えられている。『武江年表』同年の項に、『下谷小野照崎の社地へ、石を畳みて富士山を築く』とある。境内の”富士山建設之誌碑”によると、坂本の住人で東講先達の山本善光が、入谷の住人で東講講元の大坂屋甚助と協議して築造し、富士山浅間神社の祭神を勧請したという。
 東講は富士山信仰の集団、いわゆる富士講の一。富士山信仰は宝町末期頃に起り、井戸時代中期には非常に盛んになり、江戸をはじめとして富士講があちこちで結成された。それにともない、模造富士も多数築かれ、江戸とその均衡の富士塚は五十有余を数えるに至った。しかし、いまに伝わる塚は少ない。
 ここの富士塚は高さ約5メートル、直径約16メートル。塚は富士の溶岩でおおわれ、東北側一部が欠損しているものの、原形がよく保存されている。原形保存状態が良好な塚は東京に少ないので、この塚は貴重である。昭和54年(1979)5月21日、国の重要有形民俗文化財に指定された。
 平成6年(1994)3月  台東区教育委員会



          FUJIUKA OF SHITAYA-SAKAMOTO
 Fujizuka is a miniature mountain that an imitation man made in the image of Mt.Fuji. Many Japanese peaple believed that Mt.Fuji was god or that god lived in Mt.Fuji,and so many religious groups worshipping Mt.Fuji(they are called Fujikou)were formed among people living in Edo(Old Tokyo)and many miniature "Mt.Fujis"were built around the town.
 Sakamoto Fujizuka was built in 1828.It is zbout 5 meters talll and about 16 beters in diameter.This precious mound is preserved on good conditions. 
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