東京都台東区の歴史
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 所在地 台東区柳橋1-5-1 御祭神 倉稲魂命 例祭日 6月初旬 御由緒 当社の創起年代は詳らかでないが古記に「大川辺に高き丘あり篠生い茂り里人ここに稲荷神を祀る」とあれば悠久の昔より奉斎藤し奉りあり 正平年間新田義貞の家臣篠塚伊賀守重廣主家再興の祈請をなし来国光の刀を神前に捧げ社傍に庵を結びて出家し日夜参篭怠うす為にいつしか篠塚稲荷大名人と尊称するに至った 延宝9年(1681)3月神社別当僧たる伊賀守子孫に醍醐寺三宝院御門跡より篠塚山玉蔵院宗林寺の称号を賜り元禄6年(1693)2月本多紀伊守殿寺社奉行の折には御府内古跡地と定められたが明治初年(1868)神佛分離の際玉蔵院は廃せられた 古来より商売繁昌火防神として厚く尊崇奉る PR |
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永山
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