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東京都台東区の歴史
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所在地 台東区浅草7-4-1

 待乳山聖天(まつちやましょうでん)は、金龍山浅草寺の支院で正しくは、待乳山本龍院という。その創建は縁起によれば、推古天皇9年(601)夏、早魃のため人々が苦しみ喘いでいたとき、十二面観音が大聖尊歓喜天に化身してこの地に姿を現し、人々を救ったため、「聖天さま」として祀ったといわれる。



 ここは隅田川に臨み、かつての竹屋の渡しにほど誓い小丘で、江戸時代には東都随一の眺望の名所と称され、多くの浮世絵や詩歌などの題材ともなっている。とくに、江戸初期の歌人戸田茂睡の作、

  哀れとは夕越えて行く人も見よ
       待乳の山に残す言の葉

の歌は著名で、境内にはその歌碑(昭和30年〔1955〕再建)のほか、石造出世観音立像、トーキー渡来の碑、浪曲双輪塔などが現存する。また、境内各所にほどこされた大根・巾着の意匠は、当寺の御利益を示すもので、大根は健康で一家和合、巾着は商売繁盛を表すという。1月7日大般若講大根祭には多くの信者で賑わう。



 なお、震災・戦災により、本堂などの建築物は焼失、現在の本堂は昭和36年(1961)に再建されたものである。
 平成11年(1999)3月 台東区教育委員会
 


 境内には『銅造宝篋印塔』、『築地塀』、『出世観音像』、『リー・デ・フォーレスト博士の碑(トーキー渡来之碑)』、『糸塚』、『歓喜地蔵尊』、『戸田茂睡歌碑』があります。



     MATSUCHIYAMA SHODEN
 Matsuchiyama Shoden is one of the subordinate temples of Kinryusan Sensoji Temple.Its proper name is Matsuchiyama Honryuin.
 Located alongside the Sumida River and near the Takeya Ferry.It was called a noted place featuring a good view in the Edo Era.Here there are many Nishikie prints of the Edo Era and poems by famous men of letters and painters like Toda Mosui dealing with the scenary of this place.Its main building was destroyed in the Great Earthquake of 1923 and the Seconed World War,but it was rebuilt in 1961.
 Radishes seen in its compounds are known as the symbol of health and family harmony while purses represent commersial success.
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