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東京都台東区の歴史
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所在地 台東区谷中3-1-2

日蓮宗
 高光山 大円寺

 大円寺境内には『笠森お仙碑』、『鈴木春信碑』があります。
 お仙は、笠森稲荷社前の茶屋「鍵屋」の看板娘で、江戸の三美人の1人。絵師鈴木春信はその姿を、当時全く新しい絵画様式である多色刷り版画「錦絵」に描いた。お仙に関係の深い笠森稲荷を合祀している大円寺に、大正8年(1919)、2つの碑が建てられた。「笠森阿仙の碑」は小説家永井荷風の撰、「錦絵開祖鈴木春信」碑は、文学博士笹川臨風が撰し、題字は、東京美術学校(現、東京芸術大学美術学部)校長正木直彦の手になる。
荷風の撰文は、漢字仮名交じりの文語調である。
 女ならでは夜の明けぬ、日の本の名物、五大州に知れ渡るもの、錦絵と吉原なり。笠森の茶屋かぎや阿仙、春信が錦絵に面影をとどめて、百五十有余年、嬌名今に高し。今年都門の粋人、春信が忌日を選びて、こヽに阿仙の碑を建つ。
時恰大正己未夏 六月鰹のうまい頃
五大州は日本のことで、大正己未は大正8年(1919)にあたる。
  平成8年(1996)7月 台東区教育委員会

  MONUMENTS OF KASAMORI OSEN AND SUZUKI HARUNOBU
 The inscription on the Monument of Kasamori Osen represents a sentence written by Nagai Kafu,a novelist.The inscription for the monument of Suzuki Harunobu,the originator of the Nishikie color print,standing next to it was written by Sasagawa Rinpu,a man of letters.Osen was a tea-serbing woman at tea house called Kagiya in front of the Kasamori Inari shrine.Osen's beauty was well-known throughout Edo,and Harunobu depicted her fascinating figure in his Nishikie color print.It is supposedly because of this that the monuments of Osen and Harunobu stand side by side at this place.
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