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東京都台東区の歴史
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所在地 台東区上野桜木1-14-11  (寛永寺)
 
銅鐘(台東区有形文化財)
 本鐘の大きさは、総高177.2センチ、口径91.8センチ。厳有院殿(4代将軍家綱)の一周忌にあたる、延宝9年(1681)5月8日に厳有院殿廟前の鐘楼に奉献された。明治維新以降に、寛永寺根本中堂の鐘として、当所に移されたと伝えられる。現在は、除夜の鐘や重要な法要の際に使用されている。
 作者の椎名伊予守吉寛は、江戸時代前期(17世紀後半)に活躍した江戸の鋳物師で、神田鍋町に住した。延宝元年(1673)から貞亨3年(1686
)にかけて、銅鐘を中心に17例の作例が知られている。その中には増上寺や寛永寺などに関わるものも含まれており、幕府との関係の深さが窺える。
 本鐘は、将軍家霊廟の儀式鐘で、近世初期の鋳物師の活動や鋳物技術を知る上でも貴重な遺品のひとつである。
 平成18年(2006)に台東区有形文化財として台東区区民文化財台帳に登載された。
 平成19年(2007)3月  台東区教育委員会



   Copper Bell (Cultural Asset of Taito City)
 This Copper bell has a total height of 450 inches and a diameter at its wadest point of 233 inches.It was donated and pllaced in the bell towaer in front of the Genyuin mausoleum for the 4th Shogun Tokugawa Ietsuna on May 8th in 1681,marking the first anniversary of his death.It is said to have been transferred to Kan'ei-ji Temple's main hall to be its bell after the Meiji Restoration.
 The builder of the bell,Shiina Yoshihiro a caster in Edo,who was active during the latter half of the 17th century,and lived in Kndanabe-cho.There are 17 examples of his works,chiefly bells built between 1673 and 1686.Since many of them are related to Zojo-ji and Kan'ei-ji temples,he is thought to have had a deep relationship with the Tokugawa Shogunate.  
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