忍者ブログ
東京都台東区の歴史
[18] [19] [21] [22] [23] [25] [26] [27] [28] [29] [30]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 所在地 台東区浅草2-3-1 (浅草寺)

  被官稲荷神社(ひかんいなりじんじゃ)
 
安政元年(1854)、新門辰五郎(しんもんたつごろう)の妻女が重病で床に伏したとき、山城国(現、京都府南部)の伏見稲荷社に祈願した。その効果があって病気全快、安政2年(1855)、お礼の意味を込め、伏見から祭神を当地に勧請(かんじょう)し、小社を創建して被官稲荷社と名付けた。名称の由来は不詳だが、被官は「出世」と解せば良いという。
 辰五郎は上野寛永寺住職輪王寺宮の家来、町田仁右衛門の養子。本姓は町田であった。輪王寺宮舜仁法親王が浅草寺 伝法院に隠居し、上野へ行くのに便の良い新門を造った。その門の番を命じられたので、新門辰五郎と呼ばれた。辰五郎は町火消十番組の組頭としても、多彩な活躍をした。
 社殿は一間社流造(いっけんしゃながれづくり)、杉皮葺、創建以来のもの。間口約1.5m、奥行約1.4mと小さいが、覆屋(おおいや)を構えて保護している。覆屋は大正期の建築であろう。社前には、「安政二年九月立之 新門辰五郎」と刻む鳥居ほかがある。
  平成4年(1992)11月 台東区教育委員会

PR

コメント


コメントフォーム
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
  Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字


トラックバック
この記事にトラックバックする:


忍者ブログ [PR]
サイト内検索
アクセス解析
プロフィール
HN:
永山
性別:
男性