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東京都台東区の歴史
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所在地 台東区清川1-13-13 (出山寺)

 其角の句碑
草茎を つつむ葉もなき 雲間哉
 碑の正面に室生其角の句を刻む。
 其角の著『末若葉』によれば、これは元禄9年(1696)正月、弟子を連れて当寺に遊んだときに詠んだ句であるという。
 碑は、この風流の故事を顕彰して、完成5年(1793)に建立された。
 其角は、寛文元年(1661)の生まれ。榎本ともいった。医師竹下東順の子。14、5才のころ、芭蕉に入門し、早くから頭角をあらわしたという。天和3年(1683)蕉風の先駆とみなされる『虚栗』を編集し、芭蕉の新しい俳風の確立に活躍した。いわゆる蕉門十哲の第一人者とされたが、芭蕉の死後、次第に蕉風をはなれ、清新華麗な独自の句風をなし、江戸俳壇の中心となった。宝永4年(1707)没。
 なお、右側面に刻む「くさぐきの今にのこるや人の口 屠竜」は、姫路城主酒井忠以の弟であり、当時根岸に澄んでいた画家酒井抱一の句である。
 平成7年(1995)3月 台東区教育委員会

    MONUMENT TO TAKARAI KIKAKU
 This is a monument to the famous Haiku poet Takarai Kikaku.
 The poem carved in the front face of the monument,erected in January 1696,was composed when he visited this temple along with one of his followeres.It reads "KUSAKUKI WO TSUTSUMU HAMONAKI KUMOMA KANA".
 Kikaku apprenticed himself to Matsuo Basho at the age of fourteen or fifteen and he quickly demonstrated his talent.He published a collection of his poims called "MINASHIGURI"in 1683.After Basho passed away,Kikaku developed a unique,inspired style of his own in the composition of Haiku poems and became the central figureaof the Haiku world in the Edo period.He died in 1707.
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