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東京都台東区の歴史
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所在地 台東区蔵前4-36-7 (竜宝寺) 

 都旧跡
  初代柄井川柳墓
                 昭和3年(1928)3月指定



 享保3年(1718)に生まれた江戸中期の川柳の点者。通称を八右衛門といい、名を正通、緑亭川柳、無名庵を号した。江戸浅草の人手浅草阿部川町の名主であった。はじめ談林派俳諧の点者となり、宝暦7年(1757)前句付点者としてすぐれた力量をあらわした。やがて、一派の狂句を発明し、世に彼の選句を川柳点といい、のち付句が独立して川柳と称せられるにいたったのである。川柳撰集として「柳樽」が有名である。川柳は雑俳の1つで、前句付が上方に流行したが、まもなく江戸に伝わり、柄井川柳が出てから盛況をきわめた。川柳と言われるようになったのは明治時代であり、季、切字などの制約がない。柄井川柳の名は13代まで受け継がれた。
 昭和43年(1968)3月1日 東京都教育委員会
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