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東京都台東区の歴史
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所在地 台東区上野公園9-88 (上野恩賜公園)

 藤堂高虎(1556~1630)は上野山内の屋敷の中に、徳川家康を追慕し、家康を祭神とする宮祠を造った。これが上野東照宮の創建といわれている。あるいは寛永4年(1627)、宮祠を造営したのが創建ともいう。もとは「東照社」と称していたが、正保2年(1645)に宮号宣下があり、それ以後家康を祭る神社を東照宮と呼ぶようになった。
 現在の社殿は、慶安4年(1651)、3代将軍家光が大規模に造り替えたもので、数度の修理を経ているが、ほぼ当初の姿を今に伝える。社殿の構造は、手前より拝殿、幣殿、本殿からなり、その様式を権現造りという。社殿は都内でも代表的な江戸時代初期の権現造りで、華麗荘厳を極めている。
 唐門、透塀は社殿とともに構造、様式が優れており貴重であることから、参道入口の石造明神鳥居、唐門前に並ぶ銅燈籠四十八基と合わせて国の重要文化財に指定されている。
 平成21年(2009)3月 台東区教育委員会

    UENO TOSHOGU
 Todo Takatora(1556-1630) constructed a shrin dedicated to Tokugawa Ieyasu on the grounds of his residence on present-day Ueno Hill.This is said to be the beginnings of Ueno Toshogu.One theory places the year of its construction at 1627.It was originally called Toshosha,but was renamed Toshogu in 1645 when ti was officially recognezed as a shrine dedicated to the founder of the Tokugawa Shogunate.
 The current building was rebuilt in 1651 by Iemitsu,the fhird Tokugawa Shogun.It has gone through several renobations since then,but for the most part retains its original form.The shrine follows the Gongen style of architecture,with separate structures for pilgrims and for rituals,in addition to the main shrine building.Its austere but exquisite features make it one of the most representative examples of early Edo Gongen architecture still standing in Tokyo.
 Brcause of their historical value as well as superior form and structure, the Chinese-style gate and wall,the 48 bronze lanterns in front of them,and the stone torii-style shrine gate have all been designated by the Japanese government as important cultural assets together with the shrine itself.




 祭神  
徳川家康・徳川吉宗・徳川慶喜
 縁起  
元和2年(1616)2月見舞いのため駿府城にいた藤堂高虎と天海僧正は危篤の家康公の病床に招かれ三人一処に末永く魂鎮まるところを造って欲しいと遺言された そこで高虎の家敷地であるこの上野の山に寛永4年(1627)に本宮を造営した その後将軍家光はこの建物に満足出来ず慶安4年(1651)現在の社殿を造営替えし、江戸の象徴とした。



上野東照宮域内には以下のものがあります。

唐門(左甚五郎作竜)透塀拝殿(金色殿)幣殿本殿棟れー以上明治40年(1907)国宝指定
銅灯篭 昭和17年(1942)国宝指定
大石鳥居 寛永10年(1633)酒井忠世建築奉納 国指定重要文化財
紅葉山鳥居 寛永3年(1626)
石灯篭220基 主に慶安4年(1651)
水舎門 慶安4年(1651)
お化灯篭 寛永8年(1631)
茶室(明暦2年〔1656〕)
神門辰五郎水舎(明治6年〔1873〕)
神楽殿(明治7年〔1874〕勾配の美都下随一)
陣羽織(都重宝)
辻ヶ花染胴服(都重宝)
広島・長崎の火

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