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東京都台東区の歴史
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所在地 台東区浅草2-3-1 (浅草寺)

 江戸時代、人々に時刻を知らせる役割を果たしていたのが時の鐘である。当初、江戸城内にあったが、江戸市街地の拡大にともない日本橋本石町にも設置され、さらには浅草寺寛永寺(上野山内)など、九個所でも時を知らせた。

 鐘の大きさは、高さ2.12m、直径1.52m。
 鐘銘によれば、撰文は浅草寺別当権僧正宣存で、元禄5年(1692)8月、5代将軍徳川綱吉の命により、深川住の太田近江大掾藤原正次が改鋳し、その費用として下総(現、千葉県)関宿藩主牧野備後守成貞が黄金200両を寄進した。
 
この鐘は、時の鐘として、あるいは浅草寺の梵鐘として、さまざまな文学作品にも登場しているが、中でも松雄芭蕉の句

 花の雲 鐘は上野か 浅草か

は、あまりにも著名である。
 
昭和20年(1945)3月の東京大空襲で火を浴びたが無事に残り、今なお昔のままの姿を見せている。なお、鐘楼は同空襲で焼け落ち、昭和25年(1950)5月再建されたものである。
 平成11年(1999)3月 台東区教育委員会

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