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東京都台東区の歴史
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所在地 台東区浅草2-3-1 (浅草寺)
 

くわんをんの いらか見やりつ 花の雲     
               
       はせを

 俳諧紀行文『奥の細道』などを著した松雄芭蕉は、寛永21年(1644)伊賀上野(現、三重県上野市)に生まれた。
 
芭蕉という俳号は、深川の小名木川ほとりの俳諧の道場『泊船堂』に、門人が芭蕉一枚を植えたことに由来します。独自の蕉風を開き『俳聖芭蕉』の異名をとった松雄芭蕉は、元禄7年(1694)10月12日、大坂の旅舎で51年の生涯を閉じました。
 
この句碑は寛永8年(1796)10月12日、芭蕉の103回忌に建立され、元は浅草寺本堂の北西、銭塚不動の近くにありましたが、戦後この地に移建されました。
 
83歳翁泰松堂の書に加えて、芭蕉のスケッチを得意とした、佐脇嵩雪が描いた芭蕉の坐像が線刻してありますが、200年の風雪を経て、碑石も欠損し、碑面の判読も困難となっております。
 
奥山庭園にある『三匠句碑』(花の雲 鐘は上野か浅草か)と共に、寄しくも『花の雲』という季語が詠みこまれております。
  
平成2年(1990)4月吉日 浅草観光連盟

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